中村美里 内柴正人と共にメダルからの苦難と父親・母親からの言葉

リオデジャネイロオリンピック・女子柔道52kg級日本代表の中村美里選手。

中村美里選手といえば、初めて出場した2008年北京オリンピックで、銅メダルを獲得。同日に日本勢で金メダル第1号となった柔道男子66キロ級の内柴正人選手と共に、日本中が歓喜に包まれました。

中村美里選手、2009年には、世界選手権で優勝し、初の世界王者に。その後史上初となるグランドスラム大会全制覇という偉業を成し遂げます。

しかし、世界王者として金メダル間違いなしと言われた中、出場した2012年ロンドンオリンピックで、初戦となる2回戦でまさかの敗退。中村美里選手にとってかつてないような悔しい敗戦となりました

その後は中村美里選手、ケガをした左膝前十字靱帯の再建手術のために長期療養するなど、苦難の時期が続きました。

中村美里 失神・気絶し一本負け/2014年の仁川アジア大会

そして2014年から徐々に復活の兆しを見せ、2015年世界選手権にて見事復活となる3度目の世界王者になりました。

中村美里選手、ロンドンオリンピックでの雪辱を果たすべく、3度目となるリオデジャネイロオリンピックで是非メダルを獲得してほしいですね。

中村美里vs志々目愛/五輪選考・平成28年全日本選抜柔道体重別選手権大会 決勝

中村美里 プロフィール
本名  :中村 美里(なかむら みさと)
生年月日:1989年4月28日
出身地 :東京都八王子市
血液型 :AB型
学歴  :渋谷高等学校
身長  :157cm
所属  :三井住友海上火災保険

■ 公式サイト
http://www.ms-ins.com/company/sports/judo/profile/nakamura.html

中村美里 家族や趣味について

中村美里 家族と父親・母親からの言葉

中村美里選手のご家族は、ご両親とお兄さんの合わせて4人家族になります。

中村美里選手は、小さい時から男の子に混じり野球・ソフトボールを行う活発な娘さんだったそうです。

小学校2年生にときに、父親・中村一夫さんと総合格闘技K―1をTVで観戦し、力と力がぶつかり合う姿に惹かれ、「空手を習いたい」と父親に言って、市内の道場を回ったそうです。

しかし、中村美里選手の母親・中村美智代さんから、「パンチやキックをする競技はやらないで」とお願いされ、高尾警察署が開く柔道教室に。これが後にオリンピック選手になるキッカケとなったとのこと。

その後、中村美里選手はメキメキと柔道の実力をつけ、中学2年の時に全国中学校柔道大会44kg級で優勝するほどに。

しかし、この時、父親から「おまえ、五輪に出るんだろ。ここでへらへらしてんじゃないぞ」と言われたことがきっかけで、以降の大会からは勝っても勝っても笑顔を見せないよう。そして中村美里選手は、『笑わない女王』『笑わない柔道家』と言われるようになったとのこと。

これは、父親・中村一夫さんの「満足したら伸びが止まる」との考えがあったそうです。

これには中村美里選手も、「そういう風に言われてきたので、それが当たり前というか、金メダルを獲るということが目標なので、その目標を達成するまでは、本気で喜べない」と語っているそうです。

中村美里 趣味はバナナ・グッズの収集とお菓子作り!

中村美里選手、好物はバナナ。その為、バナナ・グッズの収集を趣味としているそう。

また、お菓子作りも好きなようで、母親・中村美智代さん曰く「最近までパティシエになりたいと話していたんですよ」と、中村美里選手が柔道選手になることを、ずっと信じられなかったそうです。

また、高校生の時は、減量が苦しく、その苦しさを紛らわすためにお菓子をよく作ったそうで、その時、食べる役の父親・中村一夫さんは、「案外、おいしいよ。オレたちは毒味役だけどね」と常に中村美里選手がすることを声援していたんだとか。

家族の支えが合ってここまで頑張ってきた中村美里選手、リオデジャネイロオリンピックでの活躍に注目ですね。

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