優希美青 かわいい女優「あまちゃん」「マッサン」出演!本名などプロフィールは

2013年のNHKの連続テレビ小説「あまちゃん」でGMT47メンバーの小野寺薫子役を演じた優希美青(ゆうき みお)さん。 2015年には、再度NHKの連続テレビ小説「マッサン」へも出演し、かわいいと話題になりました。

2015年春に体調不良に伴い芸能活動を一時休止していましたが、2015年7月から日本テレビ系ドラマ「デスノート」に出演し活動を再開、2016年には映画「暗殺教室」に出演し、現在、映画やドラマに活躍中です。

優希美青 プロフィール
本名  :菅野 莉奈(かんの りな)
生年月日:1999年4月5日
出身地 :福島県
血液型 :O型
身長  :158cm
所属  :ホリプロ

■ 公式サイト
http://www.horipro.co.jp/yukimio/

優希美青 プロフィール!本名や家族、趣味は?

優希美青さん、2012年8月に「第37回ホリプロタレントスカウトキャラバン」でグランプリを獲得して芸能界入りしています。受賞当時は、中学1年生でした。

ホリプロの伝説的スターである山口百恵さんの画数にあやかり、「優希美青」の名前でデビューすることになりました。

本名は「菅野莉奈」(かんの りな)さんといって、本名でも十分いいと思うのですが、グランプリ受賞者は「優希美青」の名でデビューすることがあらかじめ決まっていたようです。

受賞直後のインタビューでは、間違えて「ゆうきみお です」と言ってしまうほど緊張してとのこと。


優希美青さんの、憧れの芸能人は同じ事務所の石原さとみさん。スカウトキャラバンでは、その石原さとみさんもゲスト審査員として出席しており、受賞後はティアラをかけてもらっていました。

優希さんは、後にその時の様子を「現実かどうか分からなかった」と語っています。


この第37回ホリプロタレントスカウトキャラバンには、「夢をつかめ!あなたもディズニープリンセス」というサブタイトルが付いており、グランプリ受賞者には歌手デビューが約束されていました。

それに従って同年10月、優希さんはコンテストの課題曲でもあった「鏡の中のわたし~I am a Princess~」で歌手デビューしています。

同時期に、CMにも出演(京セラ)し、2013年4月にはドラマ「雲の階段」で女優デビュー、6月からは「あまちゃん」のGMT47メンバーとして出演して一躍有名になりました。

(出典:http://park.drillspin.com/matome/)

(出典:http://park.drillspin.com/matome/)



また、2013年5月号からはティーンズ向け女性ファッション誌「ピチレモン」の専属モデル「ピチモ」を務めています。そして、2013年9月には「空飛ぶ金魚と世界のひみつ」で主演でのスクリーンデビューも果たしています 。

優希美青さんの歌手活動は、今のところデビュー曲だけで新曲の噂は聞こえてきませんが、女優としての活動は定着しつつあり、2014年は3本の映画に出演、2015年はすでに映画が2本と連ドラ「マッサン」への出演しました。

NHKの朝ドラ出演はこれで2作目となる「マッサン」は、主人公(マッサン)夫妻の養女の・エマ役で出演しました。優希さんのおばあちゃんも毎日楽しみに見ていたそうで、出演が決まった時はとても嬉しかったとブログに書いています。

(出典:http://navicon.jp/)

(出典:http://navicon.jp/)

優希美青 2011年の東日本大震災で被災

優希美青さんは、デビュー前年、2011年に出身地である福島県南相馬市で東日本大震災で被災しています。福島県の南相馬といえば、津波と原発で二重の被害を受けた地域です。

優希さんは震災後に山形県に住所を移していますが、もしかすると、南相馬の自宅が原発の避難指定区域にあったのかもしれません。


優希さんは、「あまちゃん」で宮城県出身のご当地アイドル・小野寺薫子役を演じました。

東日本大震災の場面では、被災地に住む家族を心配する様子が描かれていましたが、優希さん自身も震災の被災者であることから、その演技が注目を集めました。


震災直後は、救助活動にあたった警察官に助けられた経験から、警察官にも憧れがあったといいますが、優希さんは、次のように語っています。

「東日本大震災があって、私がグランプリを取ったら東北の人が少しでも元気になってくれるといいなと応募しました」

被災地の、特に同年代の子たちには夢のような存在でしょうから、もっともっと有名になって彼らを元気付けて欲しいと思います。

優希美青 趣味が農作業って?

優希美青さん、ホリプロの公式サイトに、趣味として「家族旅行、お菓子作り、農作業、ギター」とあります。

優希さんは、震災前は福島に住んでいましたから、実家が農業を営んでいたのでしょう。実家が農家ということを、年頃の女の子などは嫌がる子も多いと聞きます。それを趣味にするほど、農作業を喜んでしていたなら、親としてはとても嬉しいことだと思います。
上京して農作業ができなくなってしまったのは残念ですが、お菓子作りとギターなら東京でもできますね。

また、ギターはまだ始めたばかりとのことです。小学4年生から4年間吹奏楽をやっていたそうなので、上達は早いのではないでしょうか。

優希美青 家族は?

優希美青さん、家族についてはブログに母親と弟が一緒に上京して暮らしている様子が書かれているのですが、父親も一緒に上京したのかは分かりませんでした。

弟とは喧嘩もするようですが、趣味が家族旅行というのでうから、家族間の仲はとても良さそうです。

「自分にとって家族と過ごす時間は、全部を出し切れる遠慮なく言いたいことを言える、全て一緒に笑え合えるし皆大好き」

優希美青さん、東日本大震災で被災した時はおそらくどん底の状態だったはずです。しかし、それからわずか1年ちょっとでグランプリを獲得し、優希さんの人生は激変しました。

ジェットコースターのように始まった女優人生はまだまだこれからです。優希美青さん、これからもいろいろなことがあると思いますが、益々活躍してほしいですね。

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