ラグビー 平尾誠二 死去。宿澤広朗・上田昭夫と早すぎる死にファン絶句

ラグビー日本代表で主将、監督を務めた平尾誠二(ひらお・せいじ)さんが、53歳の若さで10月20日に亡くなったと、神戸製鋼関係者が明らかにしました。

平尾誠二さんは1963年、京都市に生まれ、京都・伏見工高では1981年に全国高校選手権大会で初優勝。山口良治監督の下で成し遂げた快挙はテレビドラマ「スクールウォーズ」(TBS)のモデルとなりました。

同志社大では大八木淳史さんと共に全国大学ラグビー大会優勝に貢献。そして平尾誠二さん率いる同志社大は、史上初の大学選手権3連覇を果たしました。

大学卒業後は、神戸製鋼に入社。後に神戸製鋼は日本選手権で7連覇を達成しました。

平尾誠二 同志社大で大八木淳史ともに優勝

(出典:http://www.osaka.sakura.ne.jp/)

平尾(同志社) 釜石戦のドロップゴール

平尾誠二 激やせぶり驚き!死因は癌?

平尾誠二さん、2015年ラグビーW杯のころから、痩せた姿に対して体調を心配される声が上がっていました。

平尾誠二、2015年ラグビーワールドカップで解説

(出典:http://www.ntv.co.jp/)

2016年4月には「毎日21世紀フォーラム」で講演された平尾誠二さんの姿は、“激痩せ” といわれるほど痩せ、さらに頬もこけ、体もかなり細くなっていました。

その後、病名は明らかにされませんでいたが、闘病生活を送っているとの発表がありました。

平尾誠二 激痩せ姿 2016年4月

(出典:http://mainichi.jp/)

それにしても早すぎる平尾誠二さんの死因は、何だったのでしょうか? 激痩せしている様子から、やはり死因は “癌” だといわれています。

この平尾誠二さん逝去のニュースに対して、ラグビーファンからは、宿澤広朗さんや上田昭夫さん、そして平尾誠二さんの早すぎる死に対し、「言葉が見つかりません」「宿澤さん上田さん、そして平尾さん、あまりにも早すぎる」といったコメントが寄せられています。

宿澤広朗 ラグビー日本代表元監督 2006年6月逝去

ラグビー日本代表元監督で、三井住友銀行専務取締役の宿澤広朗さん、2006年6月17日に登山中に心筋梗塞を発症し、逝去。55歳だった。

1950年9月1日、埼玉県生まれの宿澤広朗さん。高校時代にラグビーを始め、早稲田大学政治経済学部2年生でラグビー日本代表に選ばれます。

宿澤広朗さん、大学卒業後は住友銀行に入行。住友銀行では、新橋支店を経てロンドン支店で為替ディーリングを行います。そして資金為替部上席部長代理などを経て49歳の若さで執行役員(市場営業統括部長)に抜擢されます。その後、常務執行役員大阪本店営業本部長、取締役専務執行役員コーポレートアドバイザリー本部長に就任。

ラグビーでは宿澤広朗さん、1989年に日本代表監督に就任し、1991年のラグビーワールドカップでの日本の初勝利を上げます。日本代表監退任後は早稲田大学監督となり、2002年からは日本代表強化委員長・専務理事に就任しました。

上田昭夫 慶大ラグビー部元監督 2015年7月逝去

慶應義塾大学ラグビー部元監督でニュースキャスターとしても活躍した上田昭夫さん、2015年7月23日に、東京都内の自宅で逝去。62歳だった。死因はアミロイドーシスと呼ばれる難病でした。

1952年東京で生まれの上田昭夫さん。慶應義塾高等学校、慶應義塾大学商学部の道を歩み、大学時代はラグビー部に所属します。大学卒業後は、トヨタ自動車で日本ラグビー選手権を制覇。その後、慶應義塾大学ラグビー部監督に就任し、大学選手権を制覇します。

また、1987年に一芸入試でフジテレビに転職、ニュースキャスターやスポーツ局担当部長などを務め、2012年10月に定年退職しました。

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